暗闇
それは、仰向けに横たわった私の耳にたまった涙の冷たさとともにある記憶。
私は暗闇の中にいた。
それは、自分の手を目の前にかざしても見えないような闇の中。
どうしたらいいのか、どこへ行けばいいのか、
自分はどうしたいのかがわからずに、
ただその闇を恐れているだけだった。
もう、十数年前の、
二人の子どもが小さかった頃のことである。
その数年間を私は1年間に10人くらいの人としか話さずにすごした。
人が怖かった。
問いかけに答えることはできても、
それ以上の言葉が出てこない。
ひざが震えた。
言葉をうまく話せないから、
自分の苦しさを誰かに打ち明けることができない。
けれど、本当に怖かったのは、
「生きている資格のない人間である私」
を知られること。
私は胎児のようにひざを抱え、丸まって、
じっと時が過ぎるのを待った。
けれどその闇は気が狂いそうなほどに恐ろしく、
私は時を止めたいという誘惑に駆られてばかりいた。、
二人の子の小さくてやわらかな、暖かな命を必死で抱きしめて
毎日の命をつないだ。
よく人は「人生をやりなおせたら」などというが、
もう一度あの闇に戻るかもしれないと考えただけで、
今でも体が震える。
恐ろしくてたまらない。
二度と戻りたくない。
考えれば、あの頃私の身の上に起こった出来事より、
その後に私が経験したたくさんのことのほうが、
よほど辛く、苦しく、悲しかった。
けれど、
「あの闇よりはましだ」
と感じて私は色々なことを乗り越えてきた。
そう、あの闇の中のときはもう終わった。
過去の出来事だ。
私はあの闇の中から立ち上がり、歩き出した。
今でも、すぐに弱い自分に負けそうになる。
あの闇は今でも私の中にある。
それが、今は私の勇気につながる。
私への信頼につながっている。
私は強くなってなどいない。
常に自分に問いかけるだけだ。
あの暗闇と比べてどうだろうか?と。
もし、再び世界が暗闇に覆われても、
おびえて震えながらでも、
私はきっと立ち上がるだろう。
この「生」と言うものが、
どんなに辛く苦しいものでも。